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Marching Coordinator 'twikk' によりマーチングに関することを中心に構成をしています。あなたのマーチング・ライフにプラス・アルファの輝きを♪

Diary

京都TRIP ~肆・法観禅寺~

今月上旬の7月8日(月)~10日(水)の3日間、京都府京都市へと行ってきました♪

実に約10年ぶりの上洛の目的は観光だったのですが、初日の8日(月)はゆったりと京都飯を愉しむ時間にあてました。そして、2日目の9日(火)と3日目の10日(水)は、京都観光1人旅。

9日(火)の目的地の3番目『八坂神社』、続いて『音羽山 清水寺』としていたのですが、せっかくなのでと、道中で『霊応山 法観禅寺』へ立ち寄りました。ここは、広く一般に”八坂の塔”と呼ばれています。その要因は狭小の境内に目立った建設物が五重塔だけだから・・・・・・ということですが、その五重塔が印象的で、”最も京都を感じる情景”のひとつだからに違いありません。たしかに、この塔が見えたときの感慨たるや、半端ない。

ここの写真は結構出回っていて、それ故に外国からきた観光客の人たちもたくさんカメラを構えていました。『音羽山 清水寺』へは坂を上る形になるのですが、その坂の途中で振り返ってパシャパシャしている人がたくさんいましたね。うんうん、非常に、趣がある景色です♪

京都TRIP ~参・八坂神社~

今月上旬の7月8日(月)~10日(水)の3日間、京都府京都市へと行ってきました♪

実に約10年ぶりの上洛の目的は観光だったのですが、初日の8日(月)はゆったりと京都飯を愉しむ時間にあてました。そして、2日目の9日(火)と3日目の10日(水)は、京都観光1人旅。

9日(火)の3番目の目的地は『八坂神社』です。ここは、大学時代に何度も足を運んだ場所。まぁ、行事のついでにというのが全てだったので、改まって詣でるのは今回が初なんですよね・・・・・・。なかなかに、感慨深い(笑)

さて、7~9世紀に創祀されたと言われているこの『八坂神社』ですが、朝廷や公家に武家からも崇敬が厚く、幾度かの荒廃の危機を乗り越えて現在に至ります。祭神は、素戔嗚尊・櫛稲田姫命・神大市比売命・佐美良比売命・八柱御子神・八島篠見神・五十猛神・大屋比売神・抓津比売神・大年神・宇迦之御魂神・大屋毘古神・須勢理毘売命・稲田宮主須賀之八耳神と、本殿に13座。う~ん、豪勢!!

そして、何よりもこの『八坂神社』の最大の祭礼が、あの『祇園祭』なんですよね。7月1日~31日まで、丸々1ヶ月行われる大祭。京都の夏の風物詩でもあり、1番盛り上がりを見せる時期でもあります。やはりメインとなるのは”山鉾巡行”と”花傘巡行”なので、僕はピークを迎える前に訪れたことになるのですが、それでもあちらこちらからお囃子が聞こえてきたりもして、徐々に盛り上がりを見せる空気を楽しんできました♪

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八坂神社 公式サイト

http://www.yasaka-jinja.or.jp/

京都TRIP ~弐・誓願寺~

今月上旬の7月8日(月)~10日(水)の3日間、京都府京都市へと行ってきました♪

実に約10年ぶりの上洛の目的は観光だったのですが、初日の8日(月)はゆったりと京都飯を愉しむ時間にあてました。そして、2日目の9日(火)と3日目の10日(水)は、京都観光1人旅。

9日(火)の2番目の目的地は『総本山 誓願寺』です。ここは、浄土宗西山深草派の総本山。念仏道場として、地域に根付き、愛されてきました。特に清少納言・和泉式部・松の丸殿といった名高い女性たちが帰依したことから、俗に”女人往生の寺”とも呼ばれていて、さらに、落語発祥・芸道上達の寺としても広く信仰を集めているそうです。

本尊は『阿弥陀如来座像』で、もとは石清水八幡宮(京都府八幡市)に安置されていたものが移安されました。木造の寄木造布貼の丈六座像で、鎌倉時代から南北朝時代の頃の作と見られています。

浄土宗西山深草派の総本山として、念仏道場として、その歴史を重ねてきたものの、度重なる災禍にも見舞われ、その都度再建されてきた『総本山 誓願寺』。朝の時間帯に訪れたこともあって静寂に包まれていましたが、厳かな雰囲気に包まれていました♪

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浄土宗西山深草派総本山 誓願寺 公式サイト

http://www.fukakusa.or.jp/

京都TRIP ~壱・六角堂~

今月上旬の7月8日(月)~10日(水)の3日間、京都府京都市へと行ってきました♪

実に約10年ぶりの上洛の目的は観光だったのですが、初日の8日(月)はゆったりと京都飯を愉しむ時間にあてました。そして、2日目の9日(火)と3日目の10日(水)は、京都観光1人旅。

9日(火)の最初の目的地は『紫雲山 頂法寺』、いわゆる『六角堂』です。ここは、聖徳太子が創建した天台系の単立寺院で、本堂の形状が六角形であることから、かねてより『六角堂』と呼ばれて親しまれています。

また、本堂の北側には聖徳太子が身を清めたという池があり、そのほとりには小野妹子を始祖とする僧侶の住坊があり、これが”池坊”と呼ばれるようになりました。そう、いけばなの根源とされる華道家元稼働”池坊”。華道は、この地で育まれ、広がっていたんですね。

今現在、『六角堂』隣接し、いけばなの研修施設等が入っているビル『WEST18』の展望エレベーターからは、全景を見下ろすことも。『六角堂』と呼ばれる所以や”池坊”との密接な関係を感じ取れるはずですよ♪

本尊は『如意輪観世音菩薩坐像』で、特に長寿・安産・魔除に功徳があるとされています。さて、僕も”六根清浄”を願うとしましょう!

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紫雲山 頂法寺 公式サイト

https://www.ikenobo.jp/rokkakudo/index.html

京都TRIP ~序・語る食膳~

今月上旬の7月8日(月)~10日(水)の3日間、京都府京都市へと行ってきました♪

実に約10年ぶりの上洛の目的は観光だったのですが、初日の8日(月)はゆったりと京都飯を愉しむ時間にあてました。まぁ、夜勤明けで諸々の事情を済ませた後での移動日でもあったので、こんなものです。

そもそも京都に行こうと思ったのは7月3日(水)のこと。これまでも連休は幾度かあったのですが、諸事情絡んでどこにも出掛けることが適いませんでした。そのため、ふと思い立っての即決旅敢行。

さて、宿泊先は『ヴィアイン京都四条室町』として、この日は京都市中京区先斗町にある『釜めし割烹 あげ半』へ。ちょっと奥まった場所にあるので見付けるのにやや苦労しましたが、ここではかなりの満足感を味わうことができました。

先付が『長芋の揚げ出し』と『キャベツとえのき茸のさっぱり炒め』。外が湿気の影響もあってむんむんじんわりと暑い状態だったので、その中を歩いてきた僕は、すっきりと爽やかな気分になりました。その先は、『自家製カラスミ』・『焼きぐじ(甘鯛)』・『万願寺甘とう』・『ハモの柳川風』・『鶏釜めし』と注文。いずれも、う~ん!!と感嘆のおいしさでした。

特筆しようとすると、全てを記載せざるを得ない程にいい塩梅の出汁に旨味・塩気・甘味・酸味、食感さえ豊かでした。そして、京都府舞鶴市に本店を構える店だけあって、旬の食材も豊富で彩や味わいも深い。かつ視覚的にも季節を感じられるものがあって、多くは語らないもののしっかりと語り尽くされる空間・時間でした。

京都は、やっぱりいい♪

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釜めし割烹 あげ半 公式サイト

https://agehann.com/

三嶋大社 = 2019.06.19

先週6月19日(水)のことですが、富士市に戻ったついでに、少し足を延ばして『三嶋大社』へと行ってきました♪

静岡県三島市大宮町にあって、創建時期は不明。古くは奈良・平安時代の古書にも記述が見られるそうです。大山祇命と積羽八重事代主神をご祭神として祀り、中世以降は武士の崇敬を集めるようになりました。それもそのはず、伊豆に流刑となった源頼朝が深く崇敬し、源氏の再興を果たしたことに起因し、伊豆国 一宮としてその名を天下に広めたのですから。

本殿が国指定の重要文化財になっているのですが、各所の彫刻が本当に見事で、総けやき素木造りの様式に大きな見応えを付加しています。じっくりと眺めてみると、他の神社にはない滑らかな彫刻で、繊細さを感じました。なかなか比較することもできないものなのですが、彫りがやわらかい感じ。シンプルにきれいでした。

平日の午前だったこともあって、人も多くなく、静かでゆったりとした空間の中で、心穏やかに詣でることができました。以前に出掛けた際は初詣の人波があったのですが、今回のように過ごせると、やっぱり心地が良いものですね♪

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三嶋大社 公式サイト

http://mishimataisha.or.jp/

浜名湖の夕日 = 2019.06.13

何度も撮って何度も載せているので、既にお馴染みでもあるのですが、先日6月13日(木)に、ちょうどいい時間帯に浜名湖のほとりにいたので、夕日をパシャリパシャリ。くっきりと見えたこともあって、眩しさに目を細めつつ、のんびりと黄昏てきました(笑)

まぁ、せっかくなので、画像でズラッとご紹介♪

例の如く、楯列にズームの揃った画像を並べてあります。

吉原祇園祭 -2019-

先日6月8日(土)・9日(日)の両日、静岡県富士市は吉原商店街において、『吉原祇園祭』が開催されました。

毎年6月の第二土・日に行われていてるこの祭は、“東海随一の祇園”とも称される祭。全21台の山車や屋台が全長約1kmに渡って練り歩き、その道の両脇には200を超える露店が軒を連ねます。

今回も例の如く終盤に1人で散策。昨年と同じ交差点に向かい、全7台に囲まれながら、その豪快さを体感してきました。

各種の囃子が鳴り響き、さらに熱気がぶつかり合う勇壮な雰囲気の一幕。初日に引き続き2日目のこの日も、決して予報としては晴れやかなものではなかったのですが、幸いにも大降りにならず、クライマックスに向けて雨は止んでいきました。その恩恵に授かったか、祭人たちのテンションも高まる一方。せっかくなので、多くを語らず、少しではありますが画像でズラッと紹介しましょう♪

紫陽花の季節

そういえば、東海地方が梅雨入りしたそうです。全国的に平年よりやや早いタイミングで梅雨入りとなっているようですが、いよいよ紫陽花の季節ですね。

ふと、庭に目を向けたら、紫陽花が微かに色付いてきていました。土壌の性質によって色が変わる特徴のある紫陽花ですが、淡い色合いのところも、白い状態のものも、それはそれで趣が感じられますよね。雨に濡れたところも、朝日に照らされたところも、画になる。

写真を撮ったのは、6月3日(月)と4日(火)の朝。前日に雨の降った3日は少ししっとりと、快晴に恵まれた4日は晴やかに、表情を変えています。

そう、4日が父の告別式だったのですが、この日が本当に快晴で。この庭のある家へ向かうとき、浜名湖の湖上を走って行くのですが、大概夕日を左手に見ることばかり。朝に通ったときでもそれほど快晴に感じたことはなかったのですが、この日は5時頃に通ったので、右側に朝日がしっかりと昇ってきていて、印象的でした。こんないい日に送られるんだなぁと、若干しみじみと・・・・・・。

それはそうと、梅雨もこれから本格化してくるので、傘を忘れずに過ごしたいですね♪

失われた”士”。

長かったと言えば長かったし、あっという間と言えばあっという間でした。

延べ、闘病期間は2年半でした。

 

発覚は2016年11月。『悪性リンパ腫』。

簡単に言えば、血液の癌です。もはや、全身に広がっている可能性を否定できない。そういう癌。

幸いにも全身転移は見られず、切除してから約1年後、今度は『大腸癌』発症。

S字結腸の周囲にぐるりとあって、極端に腸が狭まっているとのこと。

これが、まさに「ステージ4では済まされないレベル」だそうで・・・・・・。

 

2018年01月15日:『大腸癌』の除去手術のため、入院。

2018年02月08日:退院。通院治療へ。

2018年03月20日:分子標的薬の効果が望めず、IRIS療法による延命処置へ移行。

2018年03月27日:1人での食事がままならず、再入院。

2018年04月10日:消化器官の機能低下により、点滴にて栄養分の補給をするようになる。

2018年04月20日:退院し、2週間おきの検査通院が開始。

2018年05月21日:終活開始。

2018年08月02日:この頃より、味覚に異常を感じ始める。

2018年09月19日:消化器官の機能と食生活が一定レベルに回復。伴って点滴の終了。

2018年09月20日:カテーテルを左上腕から左鎖骨下へ移設。

2018年12月31日:家族宛に遺言の内容等の説明をし、終活一段落。

2019年03月05日:抗がん剤の種類を変更。この頃から、食べ物が喉を通らなくなる。

2019年04月02日:この日の抗がん剤投与を見送り。結果、翌週の投与も見送り。

2019年04月16日:訪問介護にかかっているクリニックで急遽栄養剤を点滴。

2019年04月22日:体調の回復が見られず、この1ヶ月強で12kg程体重が落ち込み、入院。

2019年05月10日:退院して抗がん剤投与の再開を果たすか、緩和治療への移行をするかの瀬戸際。

2019年05月20日:この日までに目指していた退院が適わず、ベッドの上で寝ている時間が増える。

2019年05月22日:身の回りのことに介護が必要な状態となり、病室の移動。

2019年05月29日:医師より状況説明。余命は1週間もないだろうとのこと。

 

翌2019年05月30日(木)

05時30分:病院より入電。危篤状態に陥ったとのこと。

06時45分:病院に到着。酸素吸入量が少なく、体温も高いものの、呼吸は安定。

09時00分:この頃より、時折呼吸の合間が1~3秒程度空くようになる。

14時30分:時折呼吸のリズムが乱れるようになる。

15時40分:下顎で呼吸をするようになり、吸うことに主力が置かれる。

16時00分:呼吸が目に見えて弱くなり、間隔も開く。

16時20分:臨終。

 

終盤は、段階的にではあったもののグングンと衰えていった印象。そして、父は亡くなりました・・・・・・。享年69歳。今のご時世では、”まだ若い”と言われる年齢で、彼の目指した88歳という年齢からは19少ない年齢で、苦しみを抑えながら、永い永い眠りに就きました。

この結果はかねてよりわかっていたことで、やはり僕には大きな感慨はありませんでしたが、呼吸のリズムが乱れたときに「焦ってるのか?」「落ち着けよ、大丈夫だから」と声を掛けると頷きながら呼吸を整えたりして、こちらの声をしっかりと受け止めていました。なかなか粘って、頑張っていたので、15時30分頃、僕は一声かけました。他に誰もいない病室で、2人きりの空間で、ただ一言。

 

「いいんだぞ、ちゃんと見てるから、伝えるから、自分のタイミングで逝っていいんだぞ」

 

この言葉が、正しかったかどうなのか、今となってはわからないし、確認のしようもないのですが、直後に、ただ一筋左目から涙をこぼし、そこから呼吸を収めていったことは事実。もっと元気付ければよかったのかもしれない、もっと勇気付けられればよかったかもしれない、もう少し生きていてくれとわがままを言っても良かったのかもしれない。見捨てるような、見放すような、こんな言葉をかけるべきではなかったのかもしれません。

でも、この言葉になりました。あなたと同じ”士”の字を持つ唯一の息子は、こんな体たらくです。

そして、いろいろな手続きやらに追われ、少し気持ちを張り詰めながら、日常を送っています。